仮想現実, 意識進化, 現実創造, 第五階層

裏を見て表を知る。

「情報には裏がある」

これは、近年多くの方が気づきはじめていることです。

情報の意図を正しく読み取る。

メディアの報道なんかが典型的な例ですね。人が発信する情報は、その人や団体の主観や思想があり、客観的事実ではありません。都合の悪い部分はカットされ、自分たちの思想に合う部分がクローズアップされます。

インターネットが発達する前は、選択の余地などありませんでした。ただ、その分野に詳しい方が偏向放送があることに気づいて雑誌や書籍などを通じて発信していたので、感度の良い方は、メディアの中で、どこの新聞が良いだの、あちらの新聞は好きではない…などとやっていたように思います。しかし、それは所詮メディアの中で泳いでいる状態でしたね。

今は、インターネットが普及し、スマートフォンの時代です。

さまざまな情報が、誰でも簡単に入手できるようになっています。

あるメディアが偏向放送をしたとして、その真偽を確かめるべくインターネットを調べる。その行動自体は、思考の柔軟性を保つ意味で、間違いではないと思います。

調べた結果、自分の予想した通りの答えをネットに見つけ、これが「真実」だったのかと納得しますね。

情報は、裏と表だけとは限らない。

ところが、インターネットの世界を眺めていくと、情報は、裏と表の2面だけとは限らないということに気付かされます。

球体の正面にライトを当てれば、反対側に影ができてしまうように、多方面からの情報を得なければ、全体像は掴めません。

ここで、もう少し考えてみる必要があります。それは、インターネットの情報を調べている者の存在、つまり私です。

私たちは、せっかくインターネットで調べ物をしても「自分がどの情報を取ろうとしているか?」というスタンスによって、得られる結果が変わってきてしまいます。インターネットには多数の答えがあるのですから。

表の報道があり、その裏を読んだ情報がインターネットにある。しかし、その解は無数にあり、私が見たい現実を探しに行っている。…そう言えるハズです。

世の中で発生する問題は、個別に起きているワケではありませんね。頻発する振り込め詐欺や、引きこもり、精神的な病、自殺問題、幼児の虐待、こうした諸問題は、根底で繋がっています。個別の犯罪者はもちろん罪を償う必要がありますが、それを生んでいる社会があり、その社会に関わる自分がいます。

対岸の火事ではないと、別コラムで書きましたが、世間で発生している客観的事実と、それをどう捉えて、自分はどんな意志を発していくかが問われているのではないかと思います。

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