お祓い, お金, 健康, 意識進化

得るものと失うもの

子供の頃、僕は親がやっていることのすべてに興味津々だったのを思い出します。

それは、料理を作っている母のこと。車のギアを操作している父の姿。カメラのファインダーを覗いている叔父の姿、時計を修理していた祖父の姿…。

大人になって得るもの、失うもの…。

大人ってスゴイな。僕も早く大人になってみたい…。

漠然とそんな思いをもっていた時期があります。

やがて、月日が経ち、僕は社会人になった日のこと。同期で中途採用された先輩がいて、もの凄く遠い存在に感じるほど眩しかったのを思い出します。もの凄く優秀で、カッコよくて、綺麗な奥さんと、可愛い子どもがいて…。

僕もいつか、あんな風になれたら良いな…。そんな風に感じていました。

それから、多くの方との出会いがあり、多くの方との別れを経て。

僕も結婚して家庭を持ち、子供も授かり。あることに気が付きました。

・・・あ、僕は歳を取り始めている。

40代のことを「初老」といいますね。初老とは、老いを感じはじめる40代のこと。気が付けば、若い頃に比べてずっと体力が落ちている。エネルギー的には、若い頃の勢いがなくなっている。

意識進化と若さのトレードオフ。

その反対に、知識や経験は随分と増えています。

つまり、体力やエネルギー的には落ちていく代わりに、人間力や深みは増していくのですね。

僕の持てるエネルギーは、ある程度の絶対量があって、それが、物理的なエネルギー量なのか、知識や経験としてのエネルギーか、配合を変えながら推移して、やがて物理的なエネルギーを使い果たすと、この世に何かを残して、物理的な体は死を迎えるのです。

これから、少しずつエネルギーは下がっていく。それは避けられません。

それを認めた上で、僕は単なる頑固ジジイではなく(笑)、融通無碍であり、意味のある存在であり続けたい。そう願っています。

子供の頃感じた、大人への憧れ。青年だった頃に感じた、先輩への憧れ。

それは、若さというエネルギーと知識・経験量のトレードオフです。片方を得る代わりに片方を失ってゆく。

子供の体に手を当てる時、子供を抱っこするとき。僕は手に、ものすごいエネルギーの流れを感じます。

子供の体は、まるでエネルギー体そのものです。

やがて、教育を受け、ルールを課せられ観念だらけに染まってゆく。

すると、子供の体のエネルギーが少しずつ歪んでいくように思います。そして、観念の中で何とか自分の整合性や、自分自身を見失わないよう、どうにかバランスを取っているかのようです。

観念を外すことで、エネルギーを取り戻す。

「意識進化」を学んで気付くことは、そうした観念まみれの自分に気づき、それを外してあげることで、ずっとエネルギーに満ちた自分を取り戻せるということ。

七沢先生は、「祓いは最高の健康法です」と仰っていて、毎朝お祓いをすると、スッキリとして一日を始められるのを感じます。

僕らは、毎日、今この瞬間も「死」という避けられない一点に向かって刻一刻と歩んでいます。死ぬことが避けられないと分かっているのだから、何かに囚われて生きるなんて勿体無い。それは、お金とか、ゲームとか、人生の本質とは関係無いものに時間を費やすことですね。

30歳を過ぎた辺りから、生命体としてのエネルギーは少しずつ減っていきます。それを認めた上で、今日できる意識進化をする。目の黒いうちにやるべきことをやるのが大切だなと思う今日この頃です。

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