お金, 健康, 意識進化, 教育, 現実創造

私が持っていくもの、残すもの

僕は30歳を過ぎた辺りから、漠然と死を意識するようになりました。

別に、死の恐怖に取り憑かれているとか、病気に掛かっているということではありませんし、自殺願望があるとか、もう疲れ果てているとか、そういうことでもありません。むしろ、生にはガッツリと執着アリです(笑)。

お金は命の代わりになるのだろうか?

死を意識するという感覚がどこから来るものかはよく分かっていなかったのですが、ほぼ毎日、生きているこのすぐ裏側に死が張り付いていると言うか、生の中に死が同居しているとでも言うか、そんな気がしています。

自分が大人になって、親しい人が一人、また一人と亡くなっているからかも知れません。

20年ほど前に、大好きだった祖父が亡くなり、10年ほど前に実家の跡取りだった伯父も若くしてこの世を去り。

二人とも、事業家としては成功していた方だったので、人がこの世を去るというのは、何なのかな…と今でも思います。

母は、生命保険の外交員をやっていたと以前のコラムで書きましたが、祖父が亡くなったときも、伯父が亡くなったときも、保険金が降りて丸く収まった…なんてことはありませんでした。

想像にお任せしますが、むしろ何も残さずに逝ってくれた方が良かったのではないかと今でも思います。

祖父や伯父は、自分たちが保険金で残したお金がトラブルを起こしていたと知ったら、どう思うのでしょうね。

生命保険のセールスをやっていた母は、「死んだら(お金がないと)困るでしょう?」と言っていたけれど、お金は使ってしまえば無くなるだけで、一時しのぎにはなるかも知れないけど、根本的には何も解決しません。

貯金だ、保険だと、あれほど連呼していた母は、一昨年から姉の夫婦と同居していますが、お金の使い方を巡って、同居寸前まで何度も揉めていました。彼女が信じていたお金が、人生の解決策になどなっていないのです。

僕らには、誰もが等しく「死」が訪れ、どんなにお金を積もうが、アンチエイジングに励もうとも、それを避けることはできません。

「お金があれば、病気の時に最高の治療を受けられる!」と言いますが、本当にそうかな?とも思います。

お金よりも大切なものがある。

そもそも、僕らが欲しいのは健康寿命であって、病気になってから最高の治療を受けたいワケではないですよね?

そこから何となく思うことは、

・僕らはいずれ死んでしまう。それは避けようがない。

・保険金はお金は降りるかも知れないが、同時に親族に争いを生む種にもなる。

・お金があって、病気で最高の治療を受けても、延命措置で結局死ぬ。

・お金は大切だし、必要不可欠だが、どうも、お金が解決策ではなさそう…。

という気がします。

お金は使ってしまえば一度きりであり、ペットボトルの水のようなもの。蛇口にはなりようがありません。

でも、お金は解決策では無さそうだとすれば、一番価値のあるものは何かが見えてきます。

それは、私たち自身ではないかと思うのです。

明け方の清々しい空気の中、東の空から太陽が登るように、新しい命が芽吹く。

誕生した命の炎は、日中の強い日差しのごとくエネルギーに満ち溢れ、光り輝いています。

やがて、その光は西の空へと向かい、ゆっくりと水平線の彼方へと沈みながら真っ赤な光を放つ。

最後の輝きを私たちに届けて、静かな余韻を残し暗い海の底へと沈んでゆき、この世の務めを終えてゆきます。

生命の光そのものに意味がある。

命とは、この日の光のごとく、その光そのものに意味があり、その人の働きそのものに価値があるのだと思います。

私たちがこの世を去る時。向こうまで持っていけるのは家族との愛に溢れた思い出だけのように思います。楽しかったことも、泣くほど喧嘩してしまったことも、辛かった日々も、家族で乗り越えた苦難も…。

旅立つ時は、「あぁ、私は幸せだった。この家族と過ごせた時間のすべてに感謝して、そろそろ旅立とう」。

僕は、自分が死んでしまう日に、そう思えたら最高だなと思います。

あれこれとこの世に後悔を残して、思い起こせば、何だか金稼ぎに奔走していたかな?…なんて形で人生を終えるのはまっぴらごめんです(笑)。

家族に残せる価値はなんだろう?

では、家族には何を残してあげられるのでしょうか?

前述の通り、僕はお金がベストとは思えなくなりました。意志の発動から、自在な現実創造、価値の創造ができるのは人間の側にあり、仮にお金を残しても、それを扱う頭が無ければ怨恨をこの世に残してしまう。それは最も避けておきたいことだと僕は思います。

むしろ、自在な価値創造ができること、その能力が人間にはあることをしっかりと伝えておきたい。つまり、意識進化という生き方があることを家族には伝えておきたいなと思います。それさえ知っていれば、どのようにでも対応できるからです。

…ということを考えると、自分が何のために仕事をするか、どのような事を成していくかは自動的に決まってくるし、それを自分の長所を活かせる方向で発揮すれば良いのかなと思います。

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