お祓い, ロゴストロン, ロゴスプログラミング, 仮想現実, 意識進化, 鎮魂

意識進化は挫折から始まる

意識進化とは、どうも一筋縄では行かないようで、チョイチョイ試練がやってきます。

そこまで順調に進んできたように見えるのに、ほんの1分前まで何も問題など無かったハズなのに、突然、全てをぶっ壊されるかの如く突然訪れます。

僕は何度も挫折を繰り返している。

僕は何度もブチ切れて、腹を立て、それまでのタスクが全てチャラになり、ガックリと落ち込んだか、もう何度も何度も挫折を繰り返しています。

サラリーマンから独立した当初は、生きていくだけで必死でしたが、いま思えば、全然手温かったのかも知れません。

七沢研究所で仕事にNGが付いてしまう時は、遥かにハードです。

もう全てダメだ!終わった!僕はもうココで仕事を続けるのはムリだ!…と、これまで何度思ったことか。

それはまるで、「生きている意味があるのか?」とすら問われるほどにハードな場面もあり、自分でも良く病気にならずにいられるなと思う今日このごろです(汗)。

そうした、試練を白川では「お試し」と呼んでいます。「お試しが来た!」と。

どうしても、僕らは、意識進化を講座で学んで、祓いや鎮魂を学んで、ロゴスプログラミングを学んで、仕事の手順を学んで…と、身につけたものを順番に積み上げて次に活かそうとしますが、通常の企業ならいざ知らず、七沢研究所という組織は遥かに高いパフォーマンスを要求されるため、線形にタスクを進めていては全体像を見失ってしまい、進んでいる方向が間違っている!と指摘を受けるのです。

最初の頃は、ショックで熱を出したり、寝込んだことすらありました。自分自身がぶっ壊れかけたこともあります(笑)。

それでもなお、問われるのです。それで良いのか?「意識進化」しているのか?と。

僕らは常に「意識進化」を問われている。

以前のコラムで「囚われに気付く」ということについて書きました。

僕がどうしようもなく落ち込んで、何もしたくないほどに全てがイヤになり、誰一人として信じられない!と、人間不信に陥っても。

どれほど、絶望的に見える場面であっても、実は全く関係無いんですね。

それは、そういう落ち込んだ状態に浸っている自分の意識が見せる「仮想現実」なのです。

七沢研究所 大野さんの語ってくれた講義に、「全ては一人芝居」というものがあります。

「嬉しい」とか、「悔しい」とか、「もうダメだ…」と、自分が感じている現実だと思っているものは、「全て一人芝居だ」と。

最初は、この意味がチンプンカンプンでしたが、後に、ハっ!とこの意味するところが全て理解できた瞬間があって、喜んでいる自分も、悲しみに暮れている自分も、絶望の淵に立っている自分すらも、「一人芝居」であり、「自作自演」だと分かってしまった。

そうすると、仕事でダメ出しを食らっても、確かに落ち込むのですが、そこから反対の意味を拾えるようになりました。

ダメ出しされているからには、それ相応の理由がある、と。自分の視点と、どこが違っているのか、いま何を捉えて仕事をする必要があるのか?

一見、それは激しく情動を揺さぶられて、自分を奈落の底へと突き落とし、起き上がれない程にショックを受けるのですが、むしろ自分の限界を突き抜けて来ることで、反対側の存在に気付いているように思います。

挫折から、私たちは「意識進化」する。

そもそも可能性も何も無ければ、そんな風に叱ってすら貰えないワケです。

・ロゴストロンを毎日使っているのに、まったく何も感じられない!

・私は、祓いも鎮魂もやっているし、構文も作って頑張っているのに、ちっとも成果が出ない!

・あの人は、あんなにスゴイ結果が出ているのはナゼなんだ?ロゴストロンも大型機を使わないとダメなのか?

…そんな風に思うこともあるでしょう。サポートへのお問い合わせや、メルマガでもこうしたご質問を頂戴していますし、中にはロゴストロンを見限って手放してしまう方がいらっしゃることも知っています。

それは、どうにかして上がろうとするからです。

Mr.鎮魂こと、石原さんは、「落ちるところまで、とことん落ちてみて下さい。」とアドバイスしているのを以前見たことがあります。

救ってもらおう、這い上がれるように助けて欲しい!…それでは、全く何も掴めないと思います。

落ちていることに意味があるのです。なぜ、落ちていくのか。なぜ、上手く行かないのか。

それは、ロゴストロンが壊れているワケでもなければ、使い方に問題があるワケでもありません。

私の意識進化をいま問われているのです。

僕も、これから先、また何度も何度も挫折を味わうのだと思います。

もし、あなたも、「意識進化」に挫折を感じることがあるなら、落ちるところまで、落ちてみて下さい。

底まで辿り着けば、後は勝手に這い上がって来れます。

 

息を吸いたいのなら、まずしっかりと吐けば良い。

自分の囚われも同様で、それが見えなければ、一旦しっかり落ちてみることで、自分の囚われを客観視できる瞬間が必ず訪れます。

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