情報, 意識進化, 現実創造, 芸術

目の前の光景を言語化してみよう

目の前の光景を言語化しているだろうか?

新緑の色鮮やかな竹林。抜けるような夏の青空。今にも落ちてきそうな鉛色の空模様。桜舞う春の景色。

日本には、季節の移ろいを感じさせる美しい光景が沢山ありますね。

・・・ところで、あなたはそうした光景を言語化したことはありますか?

眼前の光景を言語化するのはナゼか?

私達は、眼前の光景を目にしたとき、「美しい」とか、「懐かしい」、「寒々しい」など、その様子を言語化することができます。

青空を一つ取っても、真夏の蒸し暑さを感じる快晴と、真冬の乾いた青空は明らかに違いますし、春の陽気を感じさせる青空と、秋の哀愁を感じる青空も、それぞれが異なるものです。


それらをできるだけ詳しく言語化してみてください。

 

たとえば、若い女性が様々なものに対して「カワイイ!」で表現してしまう光景をたまに見ることがありますが、それは世界をありのままに捉えているとは言えません。

まるで、色数の少ない色鉛筆のように、世の中を粗く捉えている状態だと言えます。

外界の僅かな変化も、精緻な言葉で表現することによって、その時感じた僅かな心境の変化を可視化することができます。

言葉で心境の僅かな変化を表現できれば、ロゴストロンの発信に伴う意識の変化も取り出しやすくなるからです。

目の前の景色を言語化すると意識の変化を捉えやすい!

私達の気分はコロコロ変わっている。

私達の気分というものは、一日中同じワケではありません。むしろ、コロコロと頻繁に変わっているのが普通です。

気分が変化すること自体は問題ではありません。ただ、その変化している状態を捉えて客観視していなければ、私達は外界の状況に対して、常に振り回されてしまいます。


外界から受ける刺激(情報)に対して、私達がどれだけ細かくその変化を捉えられるかによって、当然ロゴストロンの発信がもたらす効果も変わってきます。

ロゴストロンは装置ですから、スイッチを入れれば周波数は常に出ていますよね?

つまり、自分の意志を構文にして発していれば、常にその情報を私達は受け取っているワケです。何も起きないのだとしたら、単にそれを感じられない自分がいるということであり、ロゴストロンの周波数受信による変化を見落としているということになります。

私達は、自然を見て、そこに神を感じている。

その瞬間の情緒を表現してみよう!

子供の何気ない仕草に愛くるしさを感じたり、何気ない人の親切に心が温かくなったり。

あるいは、自然の厳しさを目の当たりにして、人間の行いの愚かさを自覚する…。

私達は、外界からもたらされる刺激(情報)に対して、その時心に何かを感じているハズです。

それをぜひ言葉で表現してみてください。自分の心の移り変わりを、適切な言葉で表現すると、その情緒を客観視することができます。

たとえば、子供の振る舞いにイラっとしたとき、【あ、私はいま子供の態度にイライラと腹を立てているんだな】と、自分の状態を適切な言葉にしてみることで、その情緒を客観視して、瞬時に離れることができます。

ロゴストロンの発信についても、「何も感じないなぁ…」という心の声を感じているとしたら、その声が実現しています。つまり、その構文では何も起きないのです。

しかし、それは単に構文の内容に問題があるだけで、ロゴストロンに効果が無いのとは違います。

ロゴストロンは思考実験ツールであることを忘れず、構文をどんどんブラッシュアップしていきましょう!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)